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2005/03/04

Belém

Thursday

ベレン地区に行った。彼女に車で乗せてってもらって、あとは一人でウロウロした。

(※以下、写真は水と空が真っ青なつもりで見ていってください。快晴のつもりで)


descobrimento
発見のモニュメント(Padrão dos Descobrimentos; エンリケ航海王子の碑ですよ、でかいでかい美しい建造物)

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向こうに見えるのはテージョ川にかかる‘4月25日橋(←74年4月25日の無血革命の前にはサラザール橋と呼ばれていたもの)’、そして対岸のCristo Rei(←ブラジルのリオのを模したもの)。

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「エンリケ王子と、‘海の道’を拓いたポルトガル人に捧ぐ」
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喜望峰とか、
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ブラジルを‘発見’し
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日本も1541年に‘発見’したのだそうです
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____


やっぱ、なんつうのかな、こちらの男の人は「道を女が一人で歩いている場合には一声かけないと失礼」くらいに思ってるんだろうかな、うるさくてかなわない。気持ち悪いと言った方がより正確な表現か。

発見のモニュメントを見てからTorre de Belém ベレンの塔(要塞)までてくてく歩くのに、やっぱり途中でそういう男に出くわしたわけよ。シカトしてベレンまで辿り着いたはいいが、ベレンを見終わってまたそっちに戻るのがイヤだったのね。参ったなぁと思ってたら、日本人の卒業旅行中の若者がいて。

ベレンを見た後どうするのかと聞いたら、発見のモニュメントを見に行くと言う。だから、いっしょにそっちまで行っていいかい?という流れに持っていった。歩きながらしゃべり。「やっぱり危険なんですか?」と彼が心配そうに聞いてくるので、男の子にはなんてことはないと思う、けど、女にとっては、時々、“あんまり気分がよいものではないこともあるにはある”といった程度のことで、リスボンはそんなに警戒する必要の無い町だ、と説明した。

「昔はなんとも思わなかったけど、それは私が若かったからで。若いっつうのはモノを知らないってことで、知らないものは怖くない。だけど、こうして無駄に歳をとってしまうとちょっとしたことが怖くてしかたなくなる。あなたはまだまだ怖がらなくていい」と説明した。

発見のモニュメントに着いて、ちょっとした案内をしてあげてからお別れした。「ありがとうね」と言ったら、彼は帽子を取って会釈をし、「こちらこそありがとうございました」と。なんだい、あの爽やかさは! 飛んでいってしまったボールを拾ってもらった時の野球部員のような爽やかさは! あの子は間違いなく中学時代には野球部だったな。

オトコマエだった。なんかしちまいそうだった。


今日残念だったのは、今日に限って曇天だったこと。発見のモニュメントは青空と白い石のコントラストを写真におさめたかった。曇天では映えない。


manuel alegre
ベレンの塔の前にあったベンチに彫ってあったManuel Alegreの詩。「船でずっと行った遠いとこに住んでるけど、いつか必ず故郷の川まで帰って来る」(サケの歌じゃないよ、船乗りの歌だよ)(そしてこの詩についた曲を、たぶんアマリア・ロドリゲスが歌ったりしてる)

belem belem

belem ベレンの塔にいる間、頭ん中でずっと「♪ ビッケ、ビッケ、ビッケは海の子バイキング ……略…… ぼーくーたーちー、仲間だーっ ……略…… そーれ、世界の海に出っ航~だ~ ……略…… Hey!」の歌がかかってた。地理的にも時代的にも大いに間違っているのだろうが、‘大砲’とか‘砦’とかって言うと何故かビッケなのさ、おいらの場合。

belem belem belem belem

青い空と白い石のコントラストがあったら、この日の日記はどれほど美しい仕上がりになっていたか。残念でならない。11年前に使い捨てカメラで撮った写真は美しかった。あれらをスキャンして、このたび撮影した風を装って載せてしまおうかという衝動にも駆られる。
belem belem


そして、こんなコッテコテの観光電車も。乗客はたった一人。
comboio


………あたしな、あたし。


あぁ、そうさ、乗ってたのはあたしだけだよ。かまわない。「市中引き回しみたいな状況でも、なにを恥じることもなくカメラを構えて乗っている孤高の俺」というお題に挑んだのよ。
comboio

Jeronimos修道院。
Jeronimos Jeronimos
この時、急に雲がどいてくれて待望の青空が覗いてきたんだけど、そういう時にこそ発見のモニュメントとかベレンとかを撮りたかったんだけど、そんな好機に限って私は観光電車に拘束されてたのでした(←自分で乗ったんだろ、自分で)。

electrico electrico
市中心部(カイス・ド・ソドレ駅)方面へ戻るため、市電(electrico)15番に乗る。この黒いジャケットの松葉杖のおじさんが切符の使い方を教えてくれた。

British Bar Cais do Sodré駅で降りたら、近くのRua Bernardino Costa通りに「British Bar」がある。映画『白い町で(原題: Dans la ville blanche)(あらすじ等はこちら)』に登場するBar。

British Bar

British Barで、私はこの作品を17、8歳の頃に深夜のテレビで観た覚えがあるのですが、理解するには至らなかったんだと思う。何も覚えてないもん。上記サイトなどであらすじ紹介を読んでみてようやくボーンヤリと浮かんでくるか来ないかといった程度。そんなわけで、この時計のことも全く覚えてない。逆回りの時計。

この時計が、なんか、主人公とヒロインが(?)知り合うきっかけになったんだとかなんとかなんだよな、聞くところによれば。しかし……まったく覚えてないんだよなぁ。たしか、テレビで夜中に放映されてるって気づいた時にはちょっと始まっちゃってたんだよ。そうだよそうだよ、たぶん初めのうちのシーンで出てきた時計なんだろ。だから見逃したんだろ。そうだろそうだろ。


坂道をのぼっていくと、
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Praça de Luís de Camões(カモンエス広場)に行き当たる。
camoes camoes

あぁ、カモンエス真っ黒だ、ごめん。見えないや。

大学時代、年度末の会話のテスト。ポルトガル人の教授との一対一のテスト。不真面目な学生だった私は会話のテストなんてほんとに自信が無く、困り果てていた。すると、先輩の誰かがアドバイスをくれた。

「レネヤマはきっとなんにもわかんないと思う。でも、『なんたらかんたらなんたらかんたら‘cultura(=文化)’がどうでこうで』って聞こえたらな、いいか、‘cultura’っていう単語が聞こえたらだぞ、その時はとにかく『Camões.』って答えとけ。‘cultura’が聞こえたら『Camões.』だからな。‘cultura’→Camões、だぞ。そう言っとけば合ってるから。何もわかってなくてもそれで合ってるから」。

私はたぶんこれのおかげで及第しました。


更に坂道を進むとIgreja de São Roque(サン・ロケ教会)に。
sao roque

そしてAscensor(ケーブルカー)のGloria線の高い方の駅に。
sao roque

すぐそばにMiradouro de São Pedro de Alcântara(サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台)。
miradouro miradouro miradouro miradouro miradouro

そこから見える景色
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Sé(カテドラル)
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Castelo de São Jorge(サン・ジョルジェ城)
miradouro


さっきのケーブルカーで坂を下る。
ascensor ascensor ascensor

そうするとレスタウラドーレス広場に着き、一気に人・車の行き交う都会の景色に。

広場にあるオベリスク
restauradores restauradores

11年前の旅行の時、ここでサンドイッチとかを軽く食べた。
restauradores

mixta
その時から、ポルトガルで食べるミックスサンドは私は好き。普段はバターなどを塗るのが大嫌いなのだが、ポルトガルのミックスサンドは何故か好き。

さて、「レスタウラドーレス」ですが。
「restauradores=復興者」ね。スペイン支配に反旗を翻し1640年にポルトガル独立を勝ち取った兵士たちのこと。だと思う。それで名づけられた広場、「レスタウラドーレス広場」。リスボンの中心地。この名の地下鉄の駅もあれば、バス停もあるだろう。そういう地名です。

大学の時、長文読解のような授業でなんか物語を読んだんだよな。近現代小説だったかなぁ。随筆みたいのだったかなぁ。ジャンルはよく覚えてないけども、歴史書ではなかったと思うぞ。その文章の中で、市電だかバスだかに乗ってるシーン:

「『次の駅はァ、‘レスタウラドーレス’、次はァ、‘レスタウラドーレス’』と車掌は声を上げました」

と訳すべきところ、俺ら、文法とか文脈とか頭に入れてなくって、目に入ってくる単語で意味がわかりそうな手ごろなヤツをどうにかこうにか繋げてって文っぽくこねくりまわすくらいな浅知恵しかなかったので、

「『おお、復興者よ!』と車掌が叫びました」とか(←その『おぉ』はどっから湧いてきたんだよ、どっから)、もっと劇的な人なんぞ、「叫んだ車掌、その人こそが復興者だったのです!」なんていう酔っ払った和訳をしてましたよ。

といったわけで、地下鉄のレスタウラドーレス駅を撮っておきました。十数年経った今でも、この駅名を耳にすると反射的に「叫んだ車掌は復興者だった……。」と心の中で呟いてうつむいちゃうレネヤマです。
restauradores

farmacia
この日、風邪っぴきな私は薬局で薬を求めました。薬局に順番待ちの発券機があったりするので油断ならないです。

bicos
その夜、友人に連れられディナーへ。
車を停めた場所がちょうど「Casa dos Bicos(くちばしの家)」の前だった。

Delhi Palaceというインド料理店。
indian


MEMO
4.00 pilas
3.00 Belén
2.10 agua limon lipton
3.00 comboio turistico
1.30 eléctrico
1.50 British Bar (Chá com leite)
8.40 restaurante
0.60 propina
1.10? Ascensor (desde São Pedro de ...)
0.65 metro (simple desde Restauradores)(17:47 3 de março)
11.67 Continente (Roupa Interior ... )
4.68 Farmacia (garganta)
5.00 Delhi Palace

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コメント

駅名の話って言語学者が書いた言語学に関するエッセイだったような記憶が・・・。

投稿: abetchy | 2005/04/04 01:08

レスタウラドーレスの話ね。Abetchy、あなたよくそんなことまで覚えてるわね。感心したわ。

投稿: Reine | 2005/04/05 19:28

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